久しぶりに衝撃を受けたマーケティング施策に出会った、日本航空(JAL)がこのほど発表した「どこかにマイル」である。11月29日に発表されたリリースはこちら。サービス開始は12月12日の午前11時である。
“日本航空と野村総合研究所 共同開発 日本初、6,000マイルで4つの行き先候補のどこかにいける日本国内線特典航空券「どこかにマイル」登場”
この文言だけで大ヒットを予測し、来年の日本マーケティング大賞の有力候補だと直感した。あまりにも衝撃が強かったので見てすぐ記事を書いている次第である。この企画を思いつき、社内を説得した皆様、それを承認して予算を付けた皆さんに拍手を贈りたい。
なぜヒットを確信するのか
筆者は2年前よりFacebook上のグループ、「次世代マーケティングプラットフォーム研究会」を主宰しており、次世代のマーケティングを成功させるための様々な要素を研究してきたが、このキャンペーンは今の時代にヒットしやすい要素が満載だ。しかも、経営面からも非常に良いインパクトがある。
施策もデータドリブンな計算がベースとなり、またコンテンツのキュレーション、人工知能(AI)、共創マーケティング、と言ったフィリップ・コトラー教授の提唱したマーケティング4.0的な要素をふんだんに有している。その上で時代のインサイト、顧客のインサイト、ネーミングやソーシャルメディアを意識したプロモーションなど、顧客分析とコミュニケーション設計にも素晴らしい。このような衝撃は、2014年に日本マーケティング大賞を受賞したネスレアンバサダープログラム以来である。
残存マイレージを経営資源に転換した戦略
航空産業はホテルや劇場、鉄道と同じような、「装置型」の固定費が大きい産業であり、特に最大の投資である航空機の稼働率が重要な指標となる。したがって航空会社では搭乗率が大きな経営指標であり、ホテルでは稼働率、電車では乗車率が目安となる。航空会社にとって“空席”とは遊休資産であり、人を1人多く運んでも追加のコストがさほどかからないので、その権利を“マイレージ”という形で利用の多い顧客に提供しているのである。マイレージプログラムが魅力的なのは、市場価値が高いのに追加の提供にかかるコストが少ないので航空会社にとっては少ない原資でロイヤリティを醸成できるからである。
したがって、今回の“どこかにマイル”は空席さえあれば非常に安価に展開できるプログラムであるといえよう。筆者もJALをはじめ多くの航空会社のマイレージプログラムに入っているが、マイレージ用の席は人気の路線にも配分されており、経営的には売れる席をそちらに回すという販売機会ロスを起こしている。今回の“どこかにマイル”はおそらくであるが過去のデータなど販売ロスが少ないであろう路線を計算して顧客に提示することとなると推測する。これにはパートナーである野村総研のデータ分析や場合によってはAI技術なども使われることになるのではないだろうか。
4つの選択肢から1つを決める
また、顧客には4つのオプションを提示して後にその結果を知らせるのだが、この効果も大きい。「どこかに行けます、お楽しみに!」というよりは「山形か石垣島か高知か札幌に行けます」と言われた方が具体性が高いので期待値や旅行中のシーンが想像しやすくはないだろうか。
申し込んでから3日のワクワク期間に拡散
そして結果が解るまで3日間あるという点も重要だ。当事者とその友人のみならず、ソーシャル上に「どこに行けるか楽しみです、○○だったらいいな」といった書き込みが多発しそうだ。そして自らも検索し「○○になりました」といった書き込みを多く目にすることになるだろう。ソーシャル時代を意識した設計がなされている。また、その候補地の情報も届けられるので各旅が当たった場合の旅行プランに思いを馳せることも出来るので、実際の旅行に加えたエンターテインメントと候補の地域の情報の共有が行われることになる。
時代・顧客のインサイト:セレンディピティ、決めてほしい、しかも安い
個人的にも感じているが、現代人は決めなければならないことが非常に多い。あるいは、ターゲティング広告のように自分の趣向を勝手に解釈して広告が追いかけまわしてくるようなことを経験されているのではなかろうか。
今回の施策はそのインサイトをついており、ややもすると少なくなった“偶然の出会い”“縁”“おまかせ”といった要素が組み込まれている。必ずしも自分の意思ではない目的地が決められることは、逆に今まで行こうと思わなかった新しい旅行先について考えるきっかけになる。その結果選択されなくても、そこに後に訪れる確率は高くなるのではないだろうか。また日本独特の“おまかせ”という性善説文化があり“誰かが決めてくれる”という心地よさをもたらしてくれる。価格設定も金銭ではなくマイレージでしかも通常の半額以下という設定であれば顧客の納得性も高いだろう。どうせ期限で失効するマイルであればなおさらである。ネームングも「どこかにマイル」と秀逸で一発で施策が理解できるものになっている(ちなみに商標は9月6日に出願済みで審査待ちとのこと)。
高度なデータ分析や技術が必要な施策
4つの旅行候補を提示し、また実際の旅行先を決定するためには非常に高度で複雑なIT、データ連携オペレーションが必要となってくる。その日、その時間帯に提供可能な旅行先はどこか、を瞬時に判断するにはいくつかの手法があるが、リアルタイムに近い状況で実施するのは大変な負荷がかかる。それは予約状況、過去のデータによる推測、その都市特有の事情(コンサートやお祭り)を「計算しなければいけない」からである。またその旅行先の観光情報などのコンテンツをも瞬時に表示する必要があり、非常に高度なWebオペレーションと監視体制が必要だろう。
広告が不要(しないほうが良い)
発表からわずかな時間しか経っていないが、筆者の周りでは既にSNSで拡散しており、中には仮想の旅行を計画している人もいるほどで概ね受け止め方は良い。今後ニュースメディアなどで取り上げられることは必至であり拡散の仕方はポケモンGO(広告をしていない)の時のようになるのではないかと考えている。大量アクセスによる障害なども想定されることから広告は打つべきでなく、逆に想定されるトラブルに関する対応を用意しておいた方が良いのではないか。
本施策のリスクとは
盤石に見えるこの施策であるが、現時点で筆者が考えるリスクを挙げたい。
1.サーバーアクセスのリスク:データを駆使し大量の情報処理を行わねばいけないので、アクセス困難、あるいは同時アクセスで他人のデータが表示されるなどのリスクが想定される。
2.風評のリスク:ソーシャルで全ての過程が可視化されているので旅先候補がいつも一緒、決定先がほぼ同じなど、実際にはそうでなくても風評が出る可能性がある。その場合には予防策としてソーシャルで対応してくれるサポーターや自社のコールセンターにチャットサポートを入れるなど、急増する問い合わせに対応しなければいけない。
3.攻撃のリスクや改竄のリスク:どんなシステムでもハッキングしようとする人間、攻撃しようとする人間が出てくるので、現在講じているであろうセキュリティ対策の強化が求められる。
4.デジタル上では対応できないリスク。この施策はデジタルでないとほぼ成立しないのであるがクレームが来ることも考えられなくはない。アナログ対応だとコストがかかりすぎて成立しない施策であるのでコミュニケーションが重要である。
地方への送客平準化、経済効果抜群
最後に筆者がこのプログラムが素晴らしいと考えたのは、日本航空を超えた日本経済全体へのインパクトである。データ分析とAI技術などによりその時に提供可能な資源(旅先)を提供することにより、結果的に国内の顧客回遊をその時に需要の少ない地域に回し、日本全体の観光資源の有効利用が達成されるという構図ができ上がる。その経済効果は、想像をはるかに超えるものになる可能性がある。
筆者はこのモデルは遊休資産のマッチングと活用という意味ではAirbnbやUberなどに、人を動かすという意味ではポケモンGOに匹敵するものではないかと考える。その両者の要素が詰まったこの施策にただただ期待を寄せるのである。
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