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ピザ生産遅延、無料クーポン行列、集配遅延はなぜ起きたのか?

インターネットで大量の人や荷物が動く時代

ここに来て需要が大量に増え、供給が追い付かない事例が数多く起こっている。無料クーポンによる特定曜日の行列発生、年末に向けての配達荷物の増加による遅延、特定日に向けた注文の殺到による食品の提供遅れなどを耳にした読者も多いだろう。

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個別企業の問題もあるだろうが、筆者はインターネットが普及して起きた構造的な問題もあると考えている。また、この問題のある部分は過去に起きた「前払いクーポン割引サービス」で“おせち事件”はなぜ起こったのか」と似た部分もあるので、そちらも参照されたい。

本年の流行語大賞候補に選ばれた「ポケモンGO!」に代表されるようにインターネットの普及により、大量に人が動く時代が到来している。スマートフォンが普及した現在では、SNSなどのコミュニケーション手段によって大量の人が同じ行動をとる可能性が増えている。そして、“需要”と“供給”のバランスが崩れることによる問題が発生するのである。

ウィキペディアの「需要と共有」によると、競争市場では需要と供給(英: supply and demand)が一致することにより、市場価格と取引数量が決定される。

このグラフで示す需要・供給分析は、ある財(物品)・サービスの市場に注目した分析となるため、部分均衡分析と呼ばれる(すべての市場を同時に分析するものを一般均衡分析と呼び、対照的に扱われる)。また、需要と供給を合わせて需給(じゅきゅう)と呼ばれる。

ようするに「価格を下げれば“需要”が増えるので、“供給”を増やさないと供給不足が起こる」ということであり、今回のケースは全て「需要が増加するのに、供給が追い付いていない」という結果、起こった事態であるといえよう。具体的には、以下の表にまとめたので見てほしい。

“無料クーポン行列”では、携帯会社が特定曜日に無料クーポンを配布することにより、そのチェーン店舗での需要が集中し、行列ができる現象が発生した。

“集配遅延”では、年末に向けた貨物の輸送の需要が比較的輸送費用の安い業者に殺到して遅配の原因となっている。

そして“ピザ生産遅延”では、パーティが行われる日にまで「店舗受け取り半額」などのキャンペーンを実施していた。すなわち“そもそも需要の増える日”に“値下げをしてさらに需要を増やした”上に、“それに対応する十分な供給体制を取っていなかった”という点では”前払いクーポン割引サービス“のケースと酷似している。楽しいパーティの主役となる食材が届かないことで顧客が怒り、ソーシャルに悪い体験が拡散してしまうという悪循環が発生したのである。

今回のコラムで説明はしないが、フランチャイズ制や非正規社員の繁忙期に対応する「十分なモチベーション」が得られていない可能性も存在する。

無料化や値引きをマス広告で告知するリスク

「需要と供給」理論は、資本主義経済が存続する上での大原則であり、ビジネスモデルを構築する上では非常に重要である。価格を下げること、ましてや無料クーポンの発行が需要の大幅な増加につながることは明白であり、このことを予測できずに供給を増やせなかったことは経営側にも責任が存在する。

しかし従来は、繁忙期に電話回線がつながらなかったため注文を受け付けることができなかったピザ店が、インターネットにより大量の受注が可能になった。経営側がその影響を十分に考慮できていなかったのではなかろうか?

電話で注文を受ける時代と異なる需要予測やビジネスモデルが求められるだろう。そして、十分に配慮されていない値下げや無料策を告知するには、マスメディアは向いていないのである。

その理由はいくつかあるが、マスメディアは一方向のコミュニケーションで修正が効かないということが基本である。テレビやラジオのCMは簡単に変更することはできないし、中止してもコストはかかる。紙の新聞や雑誌は印刷されてしまったら、訂正はできない。

一方、デジタル広告はメニューにもよるが、素材の変更や出稿量の変更が容易であり、投下量の変更でコストもかからないケースも多いので、「これ以上供給できない」と判断した場合には出稿を止めることもできる。

人々を瞬時に行動させることができる「ポケモンGO!」ではマス広告、デジタル広告を含めて広告活動は一切行っていない。レアなポケモン出現情報などを修正の効かないメディアで流したら、人々が殺到する可能性があるため、人気のあるうちは修正の効かないメディアを利用することは相当なリスクがあると考える。

今回の問題は、物理的な制限がある問題に限られており、デジタルアイテムやサイバー空間においてはその限りではない。例えば、あるゲームで無料アイテムを提供しても、物理的な生産をする必要はなく、生産に人手はいらないので人員を確保する必要もない。

またサイバー空間上の場所に人が殺到しても渋滞や行列が実際に起こることはなく、交通上の安全や人ごみの危険が発生することもないのである。先ほどの“需要と供給”曲線は前提として“供給量が限られている”ことを前提に成り立っているが、デジタルアイテムやサイバー空間の供給量は理論的には“無限”に近いのである。

正確には物理的に処理する計算能力やアクセスする通信環境、データを保存する物理的領域などの要因は存在するが、最近は柔軟に対応できるクラウドコンピューティングの効果で、以前より問題は起きにくくなっている。オンラインゲームやアイテムの収益率が高いのはこの理由からである。

すなわち、デジタルやサイバー空間で実施するべきキャンペーンとその効果は物理的な現実社会とは違っており、その違いを企業側、消費者側が十分に理解していない状況なのではなかろうか?

織り込みチラシで行っていたキャンペーンを、そのままデジタルに持ちこむことはできないのだ。しかし一方で、そのことを理解している企業や消費者による取り組みがある。そちらのケースについて考えてみよう。

定価の無いダイナミックプライシングの導入

宿泊や航空業界では、そもそもの供給量(ホテルの部屋数、航空機座席数)が決まっており、需要のパターンが予想できるため、需要期の“価格上昇”“クーポン(マイル)などの利用制限”を実施している。

これは価格を引き上げることにより、「供給に沿った需要」を捻出する手段である。従って、決して“便乗値上げ”をしようとしているわけではなく、需給のバランスを取るために適正価格を付けているということを理解しないといけない。企業もバランスを超えた価格付けをすると、在庫のリスクが起こり、収益へのインパクトが生じることになるのだ。

日本では一部の業界を除いて価格変動への馴染みは薄いが、海外においては柔軟に価格を変動する仕組みは、もはや当たり前である。それは現在あらゆる業界に波及してきており、業界全体として特に取り入れているのが、やはり宿泊や航空業界であった。

以下の表に、簡単にまとめてみた。

筆者は海外生活や出張で “ダイナミックプライシング”を多く経験している。最近、皆様も“特定の時期になるとホテルの部屋が急騰”するといった経験をされているのではないだろうか?

例えば、以下のようなものだ。

出張で、ある路線を選ぶと各種ルート(乗り継ぎ)や価格が表示される。特に米国内であれば、その価格が保証される時間は短く、同じ検索を数分後に行なうと、その時の需給関係により新たな価格が計算されて出てくる。

そして航空券を予約しようとすると「その価格は後方の真ん中の席になります。前方、あるいは窓際や通路側、座席の間隔に余裕のある座席のご用意も追加料金でございます」のような表示がされ、「もっと良い座席を確保しますか?」といわゆるアップセルがかかることになる。アップセルの料金も一律ではなく、需給関係や座席の場所などにより、綿密に計算される。

また、米国内線では荷物を預けると紛失や盗難、破損のリスクも高いので手荷物を機内に持ちこむ顧客が多い。荷物収納スペースの確保が困難なため、「手荷物を収納するために優先登場できるオプションが追加料金で買えますが、いかがですか?」と優先搭乗の権利まで価格を付けて販売してくるのである。

ホテルも同様で階数、景観、他の施設へのアクセスで値段が違い、チェックアウト時間の変更などでも追加料金を払えば対応してくれるのである。民間ドライバーによる輸送サービスでも混雑時や渋滞時などは、割り増し料金がその都度計算され、あるいは時間がかかっても良いという人は割安の乗合オプションも提示してくる。

スポーツや音楽鑑賞も同じで、試合や公演の日時や混雑状況、座席ごとに価格が微妙に違い、予約時にはその席からの見栄えも確認でき、隣の席でも柱の位置などによっても大きく異なる価格となるのである。事前に予算を決めることは難しいのであるが、逆に適正価格を払えばいつでも行けるという資本主義の原則に則ったシステム、すなわち「ダイナミックプライシング」を実現しているのである。

“定価”のない時代が来ているのではなかろうか?

ダイナミックプライシングは、オークションのようなものであると考えると、わかりやすいだろう。入札の最終局面で価格が跳ね上がるように、部屋や座席や商品が少なくなってくると値段が上がることになる。

その思想が、仮に今回の問題となった施策に適用されていたらどうなるだろうか?

まずは“需要”側から考えたいと思う。

需要をコントロールする価格を変動:無料クーポンはユーザーが表示してからの利用するまでの有効期限や利用条件が現実の店舗ごとの利用状況によって変化し、あるいはクーポン以外の顧客の注文が優先されることになるかも知れない。運送会社は混雑状況により輸送料金を変更し、輸送量に応じた受注をすることになる。ピザ店は需要予測や実際の受注状況により、割引を中止し受注をストップするか、価格を引き上げ供給可能なレベルにコントロールする。

供給をコントロールする時給を変動:無料クーポンで混雑する店舗は顧客体験をそこねてユーザーが離脱しないように対応人員を増やすべきである。そのためには時給を上げないと人員の確保は難しいだろう。少子高齢化の中での人手不足はすでに始まっており、需給の関係に見合った時給が支払われていないケースも多いのではないか?運送業者も繁忙期には時給を上げないと輸送・配達の原資も確保できずに逆に供給を減らしますます対応できなくなる。ピザ店もパーティのある日に労働力を確保することが困難と思えるので、やはり時給を上げて対応する必要があるだろう。

需要を喚起する時の供給の確保:人手不足の解消や、獲得した人材のサービス品質の担保には値上げ、賃上げ、教育の実施が必要である。それを実現するためにはシステムの改修や強化に向けてはIT投資も必要となる。そのためにも、資本主義下における適正価格の確保は必須であろう。そして、それにより得た収益は将来の成長のための人的投資(教育)やIT投資に回しサービスや組織の強化をする必要があるのではなかろうか?

価格よりも価値(利便性・ブランド・社会性・自己実現)の時代

価格をあげても消費者はついてきてくれるのか?という問いは当然、生まれるだろう。筆者は価格以外の面でそれをコントロールするのが、マーケターの本来の姿であると考える。

大量生産をしてコストを落とし、統一価格の訴求をマスメディアで行う時代��、終焉を告げているのではないだろうか?

価格を下げることより、顧客にとっての各種価値を「サービス改善」「ブランド投資」「社会的価値提供(CSR含む)」、そして「自己実現・共創」というマーケティングの手法を用いて、実現する方法を考えるマーケターが多く現れないと、競争に負けてしまう時代は近いと考える。

逆にマーケターに関しては、その存在意義と経営への貢献を可視化できる時代が迫ってきたのでチャンスと捉え、システム投資を含めて各種提言と施策の実行を進めるべきでないかと考える次第である。

 

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