あなたは“送料無料”という言葉に惑わされていませんか?
「〇〇円以上送料無料」、「プライム会員なら送料無料」――といったフレーズをインターネット通販でよく見かけないだろうか。私も送料無料を魅力に感じて、設定された価格以上の注文をしたり、有料会員登録をしたりしていた。
確かに、追加で一つ注文すれば送料分が割り引かれるのであれば、その分は実質タダで手に入れることも可能であろう。そのほうが得であるに決まっていると考えるのも無理はない。しかし、最近これらの風習が業界にゆがみを生んでいる現実を目にすることが少なくない。
ネット通販が普及してきている今、オムニチャネルが叫ばれている今、ここで一度考え直す時期に来ているのではないか。ちなみに米国ではShipping & Handlingとして送料+各種手数料(ピッキング、梱包等)を別料金として表示されるケースが多く、商品の価格と明確に区別したコストとして認識されている。
本当に無料なのか?
考えてみれば自明のことだが、発送コストは絶対にかかるのである。自社配送なら人件費がかかるし、外部に委託する時には委託手数料がかかる。それは自宅で受け取ろうと店舗で受け取ろうと同じである。電子データに変換できるもの(コンテンツ、ソフトウェア、チケットなど表示、印刷可能なもの)以外は無料に配送する術はないのである。
受取人が不在で再配達する時にもコストはかかっており、最近配達員の再配達負担が大きな問題になっている。
国交省でも「宅配の再配達の削減に向けた受取方法の多様化の促進等に関する検討会」報告書が公表されており、その概要の中では:
再配達により、以下の社会的損失が発生していることが判明。
- 営業用トラックの年間排出量の1%に相当する年約42万トンのCO2が発生(山手線の内側の2.5倍の面積のスギ林の年間の吸収量に相当)
- 年間約1.8億時間・年約9万人分の労働力に相当
と書かれている。
このように、金銭だけでなく社会的なコストもかかる送料はどうやって負担しているのであろうか。年会費など一部ユーザーが直接負担しているものもあるが、結論としては商品の価格上昇という形でユーザーが負担しているのである。すなわち「送料無料」制度を無くせば商品の価格を安くする余力が通販企業には残っているということである。
似たような事例は「宅配ピザを受け取りに行くともう一枚無料」という制度を実施しているチェーンや「テイクアウト半額」を実施しているチェーンの事例を見れば明らかであろう。
また送料ではないが、価格転嫁の事例にかつて携帯キャリアが「0円携帯」として端末を安くする代わりに一定期間通話の解約を不能(解約時は違約金)にするものがあった。最近では「実質0円」として携帯料金の割引で端末代を負担する方式が取られているがそれも「『実質0円』やめる? 携帯大手、端末安売り見直し検討」という見直しの報道も出てきている。
このように、本来コストのかかるものを無料にするためには、結局のところ誰かが負担する必要がある。そこかに何らかのゆがみが生まれるのだ。
筆者の体験したからくり
最近ある商材を通信販売で注文しようと、いつも注文しているサイト内で検索をした。筆者は有料会員なので送料は無料であるが、一つかなりお得な商品がおすすめされてきたのでそれを買い物かごに入れていつものように決済しようとすると、見慣れないメッセージがあるではないか? はっきり覚えていないのであるが、「この商品は“ついで買い”対象の商品であるので後XX円注文しないと注文できません」ということであった。このような経験は初めてであった。
そこで、もう少しで無くなりそうな消耗品を検索し、その中の最も価格の安いものを買い物かごに入れ注文しようとすると「この商品はついで買い商品の対象ではないので、ついで買い商品は注文できません」ということであった。再び見てみるとついで買い対象の商品は500円ほど高い価格であった。すなわち結局、そのついで買い商品は送料を負担できる収益率の商品を購入させるためのテクニックではないかと感じつつも、注文することにしたのである。
この時は実際の商品が届いた時の体験も含め非常に不快であったが、「送料無料」と「企業収益の確保」という相反する命題を解決するためには、顧客体験を犠牲にする、あるいは商品の価格を上げるので商品の魅力を犠牲にせざるを得ないことを実感したケースであった。
マーケティングの4Pの一つである「Price」の定義とは?
マーケティングミックスの4Pを提唱したNeil Borden氏もこのような「0円、無料」のマーケティングが出てくることを予想していなかったのではないだろうか。
Price(価格)は “the real amount the end user is expected to pay for the product.” その商品を購入するために消費者が支払うと期待されるものとされている額と定義されている。これが“商品の価格”とされているが、一方で “perceived value” (知覚価値)というものも存在し、知覚価値が高ければ消費者はより高い価格を払うとし、知覚価値が低ければ払わないということである。
もし、この4Pの “Price” が “Perceived Value” と解釈されれば、「0円、無料」は価値が無いと解釈される。0円のものも実際それには価値があり、コストもかかっているのであるのでそれを可視化して体現することが重要なのではなかろうか。
色々難しい問題もあるだろうが、「無料、安い」といった「価格」から「欲しい、便利」と言った「価値」ベースにすることで、企業も消費者も共にハッピーになることが出来るのではなかろうか?次回はこの「価値」に注目してマーケティングの各種問題について考えてみたいと思う。