“無料”はなぜダメなのか
前回のコラムで筆者は、ネットショッピングの“送料無料”など無料をアピールして顧客を呼び込む戦略は商品の正しい価値を伝えられないということや、実際には色々なコストがかかっており、そのゆがみを一部に負荷をかけることで受け止めていることを指摘した。
そしてマーケティングの4PのPriceについて、それを価格だけと捉えると商品やサービスの真の価値を伝えきれない場合が多いことから、”Perceived Value” (知覚価値) と考えるべきではないかと提言をした。
企業間の競争が激化すると、一部サービスの無料化あるいは値引きを期待する消費者が増え、企業収益や場合によっては製品カテゴリ全体に対する不利益を生じさせることとなるだろう。その「負のスパイラル」はいかにして起きるのか。以下で詳しく見ていきたい。
負のスパイラル発生のメカニズムとは?
では一体どのように負のスパイラル化してゆく可能性があるかを考えてみよう。
(1)企業Aが“無料”や“低価格”を訴求することにより消費者が集まる。その中には価格に敏感な顧客もいれば、価格には敏感でない顧客も含まれる。
(2)顧客を奪われたライバル企業(仮にB、C、Dとする)が“無料”や“低価格“で対抗する。この時点ではカテゴリ全体が拡大する可能性があるが、それは価格に敏感な顧客が流入することによるものだ。さらに継続して価格訴求をすることによって、既存の顧客も価格に敏感になってくる。
(3)長期的に価格の圧力を受けることにより、業界全体の収益率の低下を招き、その補填策として
従業員の生産性を上げる努力を課す
原材料仕入れや運賃などの価格を下げることを取引先に要望するなどの”無理な要求”
といったことをするようになる。
それらがきちんと行われていればいいのだが、
「より多くの商品が売れるので従業員の負荷は高くなる中、合理化を実施」あるいは「消費が伸びて原材料の供給がひっ迫する中で値下げ」をすることとなる。そして上手くそのゆがみが解消されなければ、
(4)従業員にも取引先企業にも無理が生じて、結局は消費者に粗悪なものが出回ってしまう可能性があるだろう。例えば、以前起こった“レバ刺し食中毒”事件も、安い焼肉チェーンが安価に供給したために、良質な素材を確保できずにまた従業員も忙しいためにきちんと衛生的な対応が出来なかったために起きた事件だったと考えられる。
また、マーケティングやプロモーションにおいても難点がある。常に新しい価格を消費者に訴求せねばならず、プロモーション費がかさむ可能性がある上に、価格訴求ではブランドを構築することは難しい。価格訴求やクーポンで顧客は動くが、ライバルが価格訴求で対抗すると顧客は簡単に離れていく。
したがって常に告知やキャンペーンを続けなければならず、その期間に商品のブランド価値は上がらず、顧客もどんどん価格に敏感になっていってしまう。その上で、先述の通り従業員も取引先も疲弊するので意図しないことになる可能性が生じるのである。
負のスパイラルから脱却するためには?
このような負のスパイラルから脱却することはなかなか難しいと考えられるが、そのヒントと考えられることをいくつか挙げてみたいと思う。
1)(最低)賃金の上昇:
10月に行われたWorld Marketing Summitでコトラー教授はいくつかの事例を出して賃上げの重要性を説いた。まずは自動車王ヘンリー・フォードが1914年に実施た日給の$2.34から$5.00への賃上げの話である。
詳細はリンク先を参照いただきたいが、フォードは賃上げを通じて自社社員が自社製品を買えない状況から脱却し、結果として優秀な技術者を集め売り上げを伸ばしながら製品を高めることに成功したのである。
従業員に生産性アップなどを要求する場合には労働と見合う報酬を採用するようにしている。コトラー教授はサンフランシスコが最低賃金を全米に先駆けアップして$15にしたことを挙げていた。
結果的に特に外食などの価格は上昇したが、サービスが全体の向上したことにより体験価値全体の向上が図られ好循環を形成しているのである。賃金が上昇すればやみくもに安い商品を求めて渡り歩く消費者も必然的に少なくなるであろう。
2)ダイナミックプライシングの導入:
日本は“一物一価”の考え方が強く、価格というものが消費者の頭の中に固定しているケースが多いと思われる。価格すなわちマーケティングの一つのPが変化せずに変わらないというのは他の3つのPを無視しているといってもいいのではないだろうか?
そしてマーケティングオートメーションやオムニチャネルがもたらす、企業にとっての本当の価値は“ダイナミックプライシング”にあるといえるだろう。
例えば、米国の航空会社やホテルのサイトにアクセスすると価格がリアルタイムで変わってゆくのがわかる。同じ路線でも需要期とそうでない時には大きな価格の違いがあり、また、予約状況などによっても価格が日々変化するのだ。これはそもそも“定価”の考え方が無く“マーケットプライス”の考えを取っているからである。
日本であれば需要期も価格が変わらないケースがほとんどなのですぐ売り切れるが、需要予測や予約状況、競合の価格に合わせて変化する、これは慣習的には不条理に思えるかもしれないが、実はそうでない。
顧客がどこで買うか(オンライン、店舗、電話など:Place)、その時の商品の状況(人気か、在庫はあるか:Product)、その商品の特性や顧客のステータス・重要度(変更可能、CRM:Promotion)などの要素を生かして最適な価格決定をしているのでまさにマーケティングのパワーを生かしているといえよう。
日本企業がマーケティングツールをなかなか導入できないのは価格弾力性が無く、在庫に対して得られる利益の限界がそもそも存在し、需要の増加というチャンスを利益に転じられないからではなかろうか。逆にいうと、そのような利益確保ができる企業は実は積極的に投資を始めているのである。
3)新しい顧客との関係性を構築:Marketing 4.0
そして、顧客とのコミュニケーション接点である。自社の製品やサービス、それに関連するキャンペーンや利用者の情報を開放することで企業は信頼を獲得し、ブランド力が向上し、ロイヤルカスタマーが増加してゆく。
先日Stylusという英国のマーケティング調査・コンサルティング会社のAntonia Ward氏が来日しad tech Tokyoのセッションと独自イベント“Get Real”を実施し、筆者もその中で対談したのであるが、「これからの顧客は、企業と対話することを期待しており、自分が製品開発あるいは改善に加わることが当然と考えている」と述べた。
すなわち、マスメディアを通じて一方的に伝えるだけでなく、オウンドメディアやソーシャルメディアを通じて対話あるいは個人にカスタマイズしたコミュニケーションを実施することにより。その製品やサービスを“自分事化”して“自己実現”を実施することができるのである。

Get Realのイベントで登壇したStylusのAntonia Ward氏
まだまだ発展の途中であり、業界によっても千差万別ではあろうが、世界的には“高付加価値”のサービスをマネタイズする競争が始まっていることは間違いない。すでにモノがあふれており、少子高齢化、インバウンドによる経済・収益構造の変化に直面している日本が、競争力を維持して将来の成長原資を確保し発展するためにもどこかで“無料”“低価格”路線から抜け出さないといけないと感じている。
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