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デジタルテクノロジー/マーケティングの進化で実現するシェアリングと所有の二極化経済

前回のコラムは久々であったので色々な反響をいただきましたが、筆者が一番驚いたのは継続して人気記事ランキング入りしていたことでした。編集部曰く「じわじわ読まれています」ということであったので、今回のシリーズは“じわじわ”読まれてゆくことを目指してゆきたいと思いますのでよろしくお願いします。

コモディティや一時利用はシェアリングへ、ラグジュアリー体験・高級嗜好品は所有へと両極端に分化

前回も書いたように筆者は2018年、日本はデジタルテクノロジーとそれに支えられたマーケティングにより高付加価値エコノミーへと進化していくのではないかと考えている。そこで1回目は“送料無料、コンテンツ無料”などを例にとり、それらが意味をなさない時代が近づいているのではないかということについて言及した。

今回のテーマは「コモディティや一時利用はシェアリング」に「ラグジュアリー・限定品は所有」へと二極化する、だ。

前回も書いたように、このような二極化の時代に入る背景としてはコミュニケーションプラットフォーム、決済プラットフォーム、デジタルメディアプラットフォーム、データ分析プラットフォーム、データ収集プラットフォーム、コンテンツ・広告配信プラットフォーム、通信プラットフォームなどがこの数年大きく進化したことで、様々な施策が可能になったことが影響していると考えている。
これらの議論は様々であるが、そのマーケティングへの影響は2014年に筆者が設立した「次世代マーケティングプラットフォーム研究会」で議論されているのでご参照いただきたい。

すでにその傾向は明らかになりつつあるが、消費に関してもその形態によって大きく分化してくると筆者は予想する。現在、拡大しているシェアリンングエコノミーは“所有より利用、低価格化”の流れを受けていると考えられるが、逆にラグジュアリー体験や高級嗜好品に関しては高価格化が進んでいるのではないだろうか。筆者は今の時代に当てはまる価値マトリクスとして以下を提唱したい。

※筆者制作

一見、分かりにくいかもしれないが、平たくいうと「どこにでも手に入るものは必要な時に利用できればよくて、たまにしか使わない限定されたものは購入して持つようになる」ということだ。このコンセプトや提供する便益をきちんと理解することが、商品やサービスのマーケティングを含めた施策を検討する上できわめて重要になる。

古典的な「ドリルが欲しいのか?穴が欲しいのか?」の議論

昔からあるマーケティングの議論に「ドリルを買う人は“ドリル”が欲しいのか、“穴”が欲しいのか?」というものがある。これは1968年に出版されたT・レビット博士の著書「マーケティング発想法」に出てくる話で、レビット博士は 「ドリルを買う人が欲しいのは『穴』である」ということを書いている。しかし、この現象そのものが現在変わりつつあると考えていいのではないだろうか。それでは、なぜ変わったかを検証してみたい。

まず1968年当時は、穴を開けるためのオプションが非常に少なかったと考えられる。基本的には工具店に赴き、ドリルを買うということが必要になっただろう。すなわち“自由に穴を開けることができる”と“ドリルを所有する”ことが、ほぼ同じ意味合いだったのではないだろうか。もちろん“ご近所さんや友人に借りる”ということも可能だろうが、貸主との連絡ややりとりが煩雑で、長い間返さなかったり、汚れや傷もつくので経済的なロスも発生するが、それを合理的に補う方法がない。また、貸してもらうようお願いするという心理的な負担も発生する。しかし現在ではドリルを所有しなくても“穴を開ける能力”を簡単に手早く、安心に取引することが可能になっているのだ。

ドリルを入手することも簡単になってきている。お店に赴かなくても通販で簡単にすぐ入手できるサービスが多数存在する。あるいはドリルを購入しなくてもそれを手放そうとしている人、あるいは貸してくれる人を簡単にオンラインオークションなどで探すことも可能だろう。場合によってはドリルを持っていて穴を空けてくれるサービスを提供してくれる人もいるかもしれない。このように多くのオプションがデジタルテクノロジーの進展によって生まれることになったのだ。そして“ドリルの物理的所有”と“穴を開けることのできる便益”が分かれることとなった。

メルカリは“所有”と“利用”の中間地点か?

現在、急成長中しているサービスにメルカリがあるが、今までもネットオークションサイトが存在していたにも関わらず、このサービスの急成長に影響した消費者のインサイトとしてはどちらかというと“シェアリング”のコンセプトに近いのではないかと考えている。それは、非常に簡単に金額的にも手軽に取引できるところにある。

例えば引越しをしてまもなく、DIYのために穴を開ける需要がある人が“メルカリ”でドリルを買って一定期間利用してその後、再びメルカリに出品して売却したとする。「買って」「使って」「売る」という行為ははさむが、買ったり売ったりする手間(経済用語ではTransaction Cost)が少ないので結局「使って穴を開けた」という便益が残り、そのコストは「買った価格」—「売れた価格」ということになる。そして一連の事象が終了すると「穴を開けた」という便益だけが残るのだ。

またこれも最近、消費者の心理的に非常に重要なインサイトだが、無駄なものを持っていると「もったいない」「資源の無駄」という背徳感から「断捨離」という気持ちが生まれる要因になる。その意味ではメルカリは「断捨離をマネタイズする方法」ということもできる。

従来はドリルを買って穴を空けるという同意義のものが、現在では様々な価値に分解されている。もちろん希少性の高い、あるいは歴史的な意義の高いドリルもあるだろう。それらは観賞用に高値でオークション取引されることになり”保有していることがステータス”として“穴を開ける”便益とは異なる価値として認識される。その価値の分解を図式化したものが以下になる。

メルカリが登場した時に「こんなもの売れるのか?」と疑問を呈した人が多くいた。確かに「売買」という行為にだけ着目するとそのように見えるだろう。しかし、「こんなもの」とは誰かが不要になったものであり、所有にかかるコスト(廃棄に対する心理的な負担も含む)もかかるので「利用できる人に適正な価格であげたい」という気持ちが働く。買う人も、欲しいものを能動的に探すことももちろんだが、サイトを見ていて偶然出会った商品に運命を感じ「そういえばこんな物欲しかった」というセレンディピティも手伝い、簡単に購入に走るのではないだろうか。

自分が所望したものではなかったり、利用価値がなくなればまた売ればいいということであり、しかも簡単に売れるのでこだわりがないのではないかと推測される。

高級なラグジュアリー体験がバカ売れする時代

一般的な機能の商品がシェアリングに向かっていく一方で、ラグジュアリー体験型の高級商材やサービスは所有に向かっている。非常に象徴的な事例としてJR九州の高級列車「ななつ星in九州」の人気が挙げられる。

高価格ながら予約がなかなか取れない「ななつ星in九州」

ななつ星が提供する列車は豪華仕様で博多駅にある専用ラウンジを含めた超高級仕様の列車旅行体験は1泊2日で30万から80万円、3泊4日で60万から140万円という高額な料金にも関わらず、2017年10月~2018年2月期は15.9倍、2018年3月から9月までは11.3倍という高い予約率を誇っている。航空業界ではLCCや格安高速バスなどが提供している“移動”という価値だけでなく、列車ならではの移動前も含めた移動中の体験を価値として提供しており、限定感もあるのでこのように高額でも人気を博しているのだろう。

すなわちLCCや高速バスは“移動という目的を達成するための運搬手段の一時利用”と捉えることができ、ななつ星は移動ではなく“究極の贅沢な旅行という体験価値の提供“していると捉えることができるのではないだろうか。

より付加価値を高め、経済効率を高める“ダイナミックプライシング”

米国を中心に活用され、手法として経済効率をあげる手段として“ダイナミックプライシング”が広く導入されている。これは需要と供給に応じて価格を変動させるという、いわゆる“時価”にあたるのだが、日本では“定価”制度が根付いているためにあまり普及していない。いかし今後は活用が広まって来るのではないかと考えている。

米国企業のサイトで旅行を自分でインターネット経由手配したことのある方は経験していると思うが、例えばホテルや航空券はサイトにアクセスするたびに価格が秒単位で変動する。Uberも混雑時にはプレミアムと言われる割増料金を設定し、また空いている時には割引をし需要と供給をマッチングさせている。値段が上がることもあるが、下がることもあるのでユーザーにとっても業者にとっても“適正な”料金設定になることを意味する。

例えばUberでいうと、ドライバーも「混んでいる時は大変だが単価が高いので運転者になろう」という供給を増やす役割を果たす。定価制度、早い者勝ちでは無いためサービスに手が出なくなる人が“不平等である”と感じる日本の社会ではまだまだ受け入れのハードルが高いかもしれないが、筆者は健全なダイナミックプライシングの導入には大きな事業拡大、経済拡大メリットがあると思っている。ここでいう“健全な”というのは必要以上に収益を得ることや情報操作をすることによる取引が排除されることを意味する。DPのメリットをまとめると以下のようになる。

実はこのダイナミックプライシングは、BtoBでは日本でも多く活用されており、代表的なものは「ネット広告のリアルタイムビッデイング(RTB)」になる。インターネットのいわゆるターゲティング広告や検索結果に連動した広告は、枠に対して入札が行われており「検索ワード」に対する入札では価格を含む独自のアルゴリズム(クリック率などを加味した実質効果)や、ディスプレイやテキストの「ターゲティング広告枠」ではサイトに訪れた人の属性(推定も含む性別、年齢、趣味、過去に訪問したサイトなど)に応じて入札を行い、高額の入札が表示されるといったことが、目に見えない速さで実行されている。

このようなことが可能になるのもインターネット上にデータやそれを処理するサーバーや高速のネットワークができてノウハウが蓄積されてきているからであり他の分野への活用も進んで来ると考えられる。

次回は高付加価値経済に必要な賃上げに関して取り上げたい。

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